2008年04月15日

「穴水発、能登ワインの畑」から月例リポート・はじめに

今年度のマダム櫻子の目標の一つに「能登ワインさんの畑の観察(4月~11月)」がある。

能登ワイン2なぜ実行しようと思ったのか。それは、マダム櫻子が歳をとってきたせいである(笑)

彼女はワインのことしかわからない。手探りでワインの道に入り込み、30年近くこの仕事を続けてきて実にたくさんの出逢い(人・ワイン・食事すべて)と、感動があった。

おかげさまで、今も元気であくなき好奇心があり、気軽に動ける今の状況にとてもとても感謝している。今の口癖がありがたや〜ありがたや〜

二子山

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誠にありがたいことに、昨年の6月ごろから能登ワインの栽培の総責任者豊田さんとご縁が出来、これまでに何度か畑にお邪魔して、この畑の今日に至るまでの苦労話やぶどうのことを聞かせてもらった。

能登ワイン4豊田さんの熱い思いにマダムも共感し、遠いフランス・イタリアへ行かなくとも(機会があれば何度でも行く(>_<))こんなに近くにこんなに大きな大きな学びの場があることに気付き、「なんともったいない!ほっとく手はない!教えてもらわなければ!」と、豊田さん、能登ワインさんに畑にお邪魔することをお願いをしたところ、快諾をいただき晴れてマダムは、豊田さんに弟子入りをすることと相成った。

マダムは、「今日より豊田さんあなたを師匠と呼ばせていただきます!年くっているわりに未熟者でございます。これよりよろしゅうおたの申します。なんちゃって」

能登ワイン1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知っているようで知らないことばかり、畑には豊田さんの知恵と、苦労の跡が、ゴチャマンとあった。面白くて面白くて、黙ってられないのよね。と、マダム。

マダムは、

「ワインは、

水を一滴も使用せず、ぶどうの実をまるごと、皮も種も全て使い、大地のエネルギーを太陽の恵みを風・雲・雨全ての自然の恵みを凝縮して愛情と情熱を込めて育て上げた人の手によりお酒に姿を変えたもの。

能登ワイン6大昔偶然作られたワインが、人の歴史の広がりと共に、その時代の一番良い技術を導入しつつ、さまざまに改良され、実にたくさんの国へとワインが広がり、作られ今に至っている。

どこの国の、どこの畑で、どのぶどうを誰の手により作られたかで、大きく個性が異なり世界中にキラ星の如く、魅惑的なワインが作られ飲まれ伝えられてきているのだ。作り手はみな自分のワインに誇りを持ち、はるかな先祖をとても尊敬している。畑にかける愛情には並々ならぬものがある。

豊田さんの指導のもと、能登半島の内浦、穴水の二子山の頂に能登ワインさんがぶどうを栽培し出したのが平成13年。

大多数の人がここで、ぶどうが出来るはずがない!と、危惧し応援してくれる人は少なかったと聞く。

能登ワイン3誰もいまこれから始める未経験のことの行く末を、良い方向に想像するのはとても難しいからだ。

が、7年たち、見事な畑・立派なぶどうの樹がお山のてっぺんに出現している。

この畑からの旬のお話を一年を通してレポートすることにより、見えてくるであろうものをじっくり観察し、私の中のワイン道をより堅固なモノにしていきたいと思う。

この巡り会わせに感謝し、真摯に学んでいこうと思っている。」

 



yumewaine1211 at 17:50 │Comments(0)TrackBack(0)clip!能登ワイン 

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