マダム櫻子ボルドー紀行
2008年02月02日
ボルドー・剪定とシャトーファルファの由緒正しき畑
マダム櫻子ボルドーワイン研修の旅。今回は冬のぶどう畑がみられる!と、大喜びしていたマダム。何となれば(以下マダムの文)
2008年のぶどうの樹が、どのように枝を張り実を付けていくか、この時期に剪定により、決まるからだ。どのあたりまで残し、枝を切っていくのか実に興味深かった。
剪定の作業は、実にあっけらかんと進められ、バスバスと、昨年の枯れ枝を本体から切り離していく。
誠に無駄なく、主幹からわずかに左右15センチくらいのところに大バサミを入れて切り離していく。
淡々と無駄なく、作業が進み、離れたところから見ているとなんら変化がないように思えるが、そばによって見ると、主幹からわずかな枝のみ、あとは、昨年の小枝も全て含めてぶどうの補助線につながっている。電線にかかった凧を、イメージしてもらいたい。
このあとこれらの役目が終わった枝は、集められ、バーベキューの薪となるのである(何十回って出来るでしょうね)。
どこのシャトーでもこのバーベキューの設備があってかつてオーメドックでもそして今回もバーベキューのお肉をいただいたけれど日本のバーベキューのイメージとはちょいと違う。
大きな一枚肉を焼いて(薪で香りのついたお肉で)お皿の上にわらじ一枚。決して一口サイズではない。もちろんタレもない。美味しいけれど本音を言えばソイソースがちょいと欲しい。
最初に訪れたのは「シャトーファルファ」の畑。
このシャトーは、なんでも徳川幕府創世記の頃から、この地でワインを造り始め現在に至るそうで、オーナーが、ウィリアムアダムスの名前をだされた。
この人物は何者じゃと、尋ねられ、三浦按針でござると、私即答いたしたわけで、オーナーは、この反応にいたくご満悦で「そうじゃそうじゃ」と、うなずかれたわけでございます。(以上翻訳こんにゃく(笑))それほど長い歴史を持つシャトーであります。
畑に導かれ、この畑(下の写真)に何か気付かれた点はありはせぬか?と、再度質問された。皆さんはお気づきですか?


お答えいたしましょう。畑の畝の高さを見てください。
樹のあるところは全て高く盛り土をしてある。これは、冬の間、雨が降った場合その雨水がたまると、寒気にあって凍結し、樹を裂く恐れがあるので、その防止の為に降る雨はすべて溜まらないように高低差をつけて、雨が下に流れ落ちるように盛り土がしてあるのだ。
言われて初めて納得。なぁるほど・・・賢い!


1600年代から続く畑は現在、完全自然派農法でぶどうを栽培していて、畑を良く見ると見事な下草(写真左の畝のところの青々とした緑)。
こちらでは、この下草をも畑に関わる大事なものとみなし、除草はしない。
また、収穫を終えたあとに残ったぶどう(最終収穫時にまだ緑緑していた未熟なもの)も冬枯れと共に枝で干しぶどう状になる。
写真右はその実を取り除き後日畑の土と共に鋤で耕され土に返されるように畑のそこかしこに集められている。
当然青々とした下草も鋤で耕され、この畑の土とともに栄養分となる。畑からとれたものは全て畑に返す。
農薬など化学薬品は一切使用せず、畑への栄養剤とも言うべき液状のエッセンス等は、全て自前で造る。
徹底したこだわりを見せている。またオーナーのご夫人が自然派農法の実力者で、畑のこととなると、彼女の出番となる。
自然派農法についてはまだまだ細かなことがあるのだが、目に見える畑の様子は本日ここまで。




